関東もやっと梅雨が明けました。
雨が続くと「早く暑い夏がきてほしい!」と言っていたくせに、いざ梅雨が明けて30度を超すと「簡便してくれ!」と、ほんとに人間は都合がいいものですな。
さて、「白い巨塔」を読んだのが始まりで、その後連続して山崎豊子の小説を読んでいます。
主に、社会派小説といわれるようになった後の作品を中心に読んでいます。山崎豊子の文章と馬が合うのか、一気に読んでしまいますね。
今回は「華麗なる一族」を読みました。最後にドラマになったときは木村拓哉が主人公を演じてましたね。
結論からいうと、心が元気な時に読んだほうがいいです。沈んでいるときに読むと、ほんとにさらに暗くなります。
ロシア文学的な、低階層の人々を描いた暗さではなくて、全く逆のアッパークラスの人たちの、上っ面なドロドロしたエゴの世界がこれでもかこれでもか、と続き世の中が嫌になっていきます。最終的に、巨悪が勝ちっぱなしで終わります。
おもしろいのは、「華麗なる一族」という小説は、「白い巨塔」の後に書かれた作品ということです。
すなわち、「白い巨塔」で、悪が完全勝利の結末を書いたら、読者から社会的な影響も考えてほしいという声が寄せられて、悪の象徴である主人公が裁判で負け、自分の専門分野である癌に気づかず亡くなってしまう、という続編を書いたにも関わらず、「華麗なる一族」ではまた、悪が完全に勝つという結末を書いています。おまけに、これには続編がありません。
多分、山崎豊子の書きたかった世界はこっちなんでしょう。
「二つの祖国」もそういえばハッピーエンドではなかったですもんね。その代わり、読み終わったときに、なんというかモヤモヤーっとしながらも、それでいて小説としてはおもしろかったという満足感みたいなものが残ります。
「華麗なる一族」を読んで、黒澤明監督の映画「悪い奴ほどよく眠る」を思いだしました。
黒澤監督の「悪い奴ほどよく眠る」のほうが年代的に先ですが、政治とか銀行の上層部とかの癒着や汚職などが年代的に大きくクローズアップされていたんでしょうね。「悪い奴ほどよく眠る」も巨悪が勝って終わります。世の中そんなもんだよね、みたいな感じで。
もちろん、黒澤監督も、そういった社会を批判するという意図があったように、山崎豊子も「華麗なる一族」もそこで描かれている世界に疑問を投げかけるという意図ではあると思います。
それにしても、終わり方が救われない。悲しすぎる。
山崎豊子氏はこの作品にモデルはいないと書いていますが、実際は戦後に起こった特殊鉄鋼会社の倒産がモデルになっているようです。
小説では亡くなってしまう万表鉄平ですが、実際にモデルになった方は民事再生法適用後も残って会社立て直しに貢献したそうです。その話を知ってなんだかやっと救われた心境になりました。
そのくらい、わたしはおぞましい小説に感じました。ぜひ読んでみてください。